2007年7月12日木曜日

序文

邪馬台国が書かれていることで有名な魏志倭人伝は、いままで多くの人がさまざまな解釈をしてきています。

しかしそれらのどれも私を納得させるには不十分でした。

あるものは距離が間違えている、あるものは方位が間違えている、あるいは両方間違えているなどなど、果たして一体どうなっているのやら困惑せざるをえません。

そこで私も自ら原書を読み、何がどう書いてあるのか、どう解釈すべきなのかを考え、一応の答えが出たのでそれをここに記そうと思います。

まだまだ細部を検証すべきところもあるでしょうし、私の思い込みで書いてある部分もあります。

しかし同様の説はまだ見たことがなく、公表するに十分な価値があろうと思っています。


「結論ありき」ではありませんが、邪馬台国比定地は筑紫平野、筑後川流域です。


2007年7月7日杉森 良博

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